
酒蔵ならではのウイスキーを目指して、挑戦と工夫を続ける日光街道小山蒸溜所

関東平野の広大な水田に恵まれ、古くから酒造りが盛んに行われてきた栃木県小山市。
2022年春、栃木県内初のウイスキー蒸溜所「日光街道小山蒸溜所」が誕生しました。
西堀酒造内で稼働するこの蒸溜所は「酒蔵ならではのウイスキー」を目指し、日本酒製造技術を活かしたユニークなウイスキーづくりを行っています。創業当初より、モルトウイスキー、グレーンウイスキーの両方を製造しています。
今回は、実際に日光街道小山蒸溜所を訪問し、ウイスキーづくりについてお話をお聞きしました!
(2024年12月20日取材)
日光街道小山蒸溜所について

日光街道小山蒸溜所内の様子
日光街道小山蒸溜所は、西堀酒造内に建てられた栃木県内初のウイスキー蒸溜所です。2022年に操業を開始し、2023年、2024年にかけて、モルトウイスキー、グレーンウイスキーのニューボーン、ニューポットの販売をしています。2025年秋には、ジャパニーズウイスキーの基準(※)を満たしたウイスキーを販売する予定です。
「酒蔵ならではのウイスキー」を目指し、ウイスキー業界では前例のない清酒酵母を100%使用したウイスキーづくりを行っています。
基本情報
蒸溜所名 | 日光街道小山蒸溜所 |
製造責任者 | 西堀哲也 |
住所 | 栃木県小山市大字粟宮1452 |
創業 | 2022年 |
電話番号 | 0285-45-0035 |
FAX | 0285-45-1628 |
公式HP | 日光街道小山蒸溜所 公式HP |
アクセス
【公共交通機関】
蒸溜所のある西堀酒造へ行くには、JRの駅から運行している市営バスに乗り、「西堀酒造前」で下車します。JR小山駅からは約15分、JR間々田駅から約10分ほどで到着します。
【自動車】
東京から約1時間半。最寄りの佐野藤岡ICからは約20分で到着します。
西堀酒造

日光街道小山蒸溜所入り口
日光街道小山蒸溜所を運営する西堀酒造は栃木県小山市に位置する酒蔵です。
栃木県小山市は、江戸から日光東照宮に至る日光街道の宿場町として栄えており、酒の需要が高かったことや、酒造りに適した良質な水と関東平野の広大な水田に囲まれていたことにより、日本酒造りが盛んにおこなわれていました。
こうした背景もあり、1872年に西堀酒造は創業しました。創業当時から残る建物は国登録の有形文化財に指定されています。

「若盛」は日光東照宮にも飾られています
昭和時代には銘柄「若盛」を中心に広域に展開していましたが、平成時代からは地産地消へと方向転換し、現在では9割以上を栃木県内に出荷しています。
大きな転換期となった平成時代に生まれた銘柄「門外不出」は、今では西堀酒造の代表銘柄となっています。

「門外不出」
また、西堀酒造は「日本酒造り」の醸造技術を応用し、焼酎、リキュール、スピリッツ、ウイスキーといった様々な酒造りにも挑戦しています。
ウイスキーづくりをはじめた理由
日光街道小山蒸溜所がウイスキーづくりを始めた理由は二つあります。
1つ目は、ウイスキーの底知れない可能性です。
ウイスキーは日本酒製造業ほど製造工程での規制が厳しくありません。
例えば、発酵工程では、一般的に使われるウイスキー酵母(ディスティラリー酵母)以外の酵母を使用することができます。そのため、日光街道小山蒸溜所は公開知見のない清酒酵母の使用に挑戦しました。
また、ウイスキー製造時の温度管理が日本酒造りよりも幅広く調整できることや、原酒熟成による不確かな味の変化など、深堀りできる部分が多かったことも、ウイスキーづくりを始める要因になったそうです、
2つ目は日本酒製造を行う人たちの雇用を守るためです。
雇用制度の変遷もウイスキーづくりを始めるきっかけのひとつとなっています。一昔前までは日本酒造りが行われる冬季だけ杜氏(※)を外部から雇用する制度が主流でした。しかし、外部から雇用する杜氏制度は廃止され、通年雇用する社員の中で杜氏を育てるようになったことから、時代に即した酒造りのスタイルを取り入れることにしました。
そこで、冬場は日本酒、夏場は蒸留酒を製造し、季節に適した酒と集中的に向き合うことで、持続可能な酒造りを目指そうと考えました。そして、数ある蒸留酒の中で最も可能性を感じたのがウイスキーでした。

LEDライトで発酵させた日本酒「ILLUMINA」
酒蔵ならではのウイスキーづくり
「日本の酒造りに光を当てること」
このことを長期的な目標として、日光街道小山蒸溜所では日本酒造りで培った技術をウイスキーづくりに応用しています。特筆すべき点としては、発酵工程の際に清酒酵母を100%使用していることが挙げられます。
しかし、清酒酵母の使用には重大な問題点が存在しました。
それは、一般的に使用される清酒酵母を使用するだけでは、蒸留に適したもろみにならないことです。
試行錯誤の末、日本酒造りで欠かせない酒母の概念や段仕込みを応用し、蒸留に適したもろみを作るための清酒酵母の使い方を確立させました。この方法を確立するまでには、数百キロものモルトでの小仕込み試験と、約1年もの時間がかかっており、非常に困難な作業だったそうです。
清酒酵母で発酵されたウイスキーは、日光街道小山蒸溜所の努力の結晶です。
蒸溜所
日光街道沿いに面しており、西堀酒造入り口の門を超えていくと蒸溜所があります。
現在蒸溜所となっている建物は、元々は精米所だった場所を改装して活用しているそうです。蒸溜所内は当時のままのものも多く残っており、とても趣を感じました。

壁には当時使われていたであろう印や数字が刻まれていました

蒸溜所内の骨組みも当時のものを残しています
仕込み水

150年間途絶えることなく湧き続ける自然伏流水
仕込み水には、日光山系の自然伏流水を使用しています。昔から井戸の場所は変わらず、創業から150年間一度も枯れることなく湧き続けているそうです。

井戸水を数段階に分けてろ過します
日に数万リットル使っても問題なく、日本酒、ウイスキーづくりにおける重要な役割を担っています。この水を使用する際には、水を極限まで細かくろ過してから使用するため、不要な不純物が取り除かれ、安定した仕込み水を確保することができます。
水質は中硬水です。中硬水は栄養分が多く含まれているため、発酵工程の際には、発酵を健全に進める手助けをしています。
蒸留器

完全オリジナル蒸留器
日光街道小山蒸溜所の他の蒸溜所との違いは発酵だけでなく、蒸留器にもあります。
通常、ウイスキーの蒸留には銅製のポットスチルを使いますが、この蒸溜所ではあえて使っていません。
藪田産業と一から作り上げたという、ステンレス製蒸留器を採用しています。
ステンレス製蒸留器を採用したのは、日光街道小山蒸溜所が目指すウイスキーづくりには減圧蒸留が欠かせなかったからです。それは、清酒酵母由来の香りをできるだけそのまま活かすという目的のためでもあります。銅製のポットスチルでは銅がへこんでしまうため、減圧蒸留はできません。
この蒸留器は減圧蒸留が可能なだけでなく、内部に特殊形状の銅板加工が施されているため、銅製ポットスチルと同様の効果(※)を期待できます。
減圧蒸留を行うと30度程度で沸騰するので、熱による味の変性を抑えられ、素材本来の味を最大限に表現することができます。
このように、日光街道小山蒸溜所では常圧蒸留、減圧蒸留を駆使することで、様々な特長を持つ原酒を製造しています。さらに、この蒸留器は加熱方式も様々な方法に対応しており、直接蒸気吹込み、間接加熱も可能です。
日光街道小山蒸溜所では、銅製ポットスチルでは難しい減圧蒸留や、様々な加熱方法に対応した、複合型の蒸留器を使用しています!
製造工程
粉砕

蒸溜所で使用される粉砕機
ドイツ産ノンピート麦芽を使用しています。直近では、地元・栃木県小山市産の二条大麦を使用した国産モルト100%の仕込みも取り入れています。
発酵における酵母の特性を生かすために細かめに粉砕しており、
ハスク:グリッツ:フラワーの割合も2:6:2と、通常の2:7:1ではなく、フラワーがやや多めの割合になっています。
糖化
ステンレス製マッシュタンを使用し、一回のモルト仕込み量は約450㎏。63度前後で1~1.5時間マッシングを行います。
麦芽だけでなく、米粉も糖化することを想定していたので、ステンレス製を採用しています。米粉は主にグレーンウイスキーを作る際に使用されており、酒米からとれる吟醸粉(※)を原料としています。
発酵

発酵中の様子
清酒酵母を使用し、長い時間をかけて発酵工程を行います。
酒蔵ということもあり、ウォッシュバックはホーロー製のものを採用しています。発酵は約一週間で、低めな温度でゆっくりと発酵することで吟醸香を生み出します。
ウイスキーづくりに適合する清酒酵母を生成する期間も含めると、合計で約2週間かけて発酵工程が行われます。
蒸留
日光街道小山蒸溜所ではモルトウイスキーだけでなく、グレーンウイスキーも製造しています。モルトウイスキー、グレーンウイスキーを蒸留する際には、異なる蒸留方法を採用しています。
モルトウイスキーは初留は減圧蒸留、再留は常圧蒸留が基本です。一方、グレーンウイスキーは初留も再留も減圧蒸留を基本としています。
日光街道小山蒸溜所では、グレーンウイスキーを蒸留する際にも、単式蒸留器で2回、蒸留します。
熟成

様々な種類の原酒が熟成されていました
熟成庫は西堀酒造内にあります。
夏場は40度以上と高温で、冬場は-5度まで冷え込むことから、年間の寒暖差が大きく、熟成が早く進みます。
熟成用の樽はバーボン樽をメインに、シェリー樽、ワイン樽を使用しています。この熟成庫内に、ジャパニーズウイスキーとしての販売を予定した原酒たちが、目覚めの時を待っています。
現在、熟成庫は西堀酒造内(小山)がメインですが、今後日光でも熟成を行っていくようです。
また、宇都宮にある大谷石の採掘場である場所を熟成庫として利用開始しています。地下60mに位置するこの場所は、温度変化がほとんどなく、常に湿度が90%近くあるため、長期熟成用の貯蔵庫として活用していくとのことです。

ポットスチルの形と、簡略化された西堀の象形文字を組み合わせて作られている日光街道小山蒸溜所のロゴ
2025年秋 ジャパニーズウイスキーとして販売予定

2024年に発売したシングルモルトウイスキー(左)シングルグレーンウイスキー(右)
2022年春に操業を開始した日光街道小山蒸溜所は、2023年、2024年と、それぞれニューメイク、ニューポットの発売が行われました。
ジャパニーズウイスキーの基準となる日本国内での3年熟成を満たしていないため、まだジャパニーズウイスキーの基準を満たしたウイスキーはありませんが、ついに今年2025年秋からジャパニーズウイスキーとして販売を予定しています。
「哲」シリーズという名前で発売される予定です!
ウイスキーの種類の違いや熟成環境の違いをテーマにしたシリーズ展開が予定されています。異なる熟成環境で清酒酵母を100%したウイスキーは、私たちにどのような顔を見せてくれるのでしょうか。
最後に
以上、日光街道小山蒸溜所の現地レポートでした!
完全オリジナル蒸留器や清酒酵母100%使用など、こだわりは並大抵ではありません。酒蔵ならではのウイスキーを目指し、日本酒造りの技術と思想を取り入れた取り組みを行う日光街道小山蒸溜所。
今年注目すべき蒸溜所の一つです!
ウイスキーづくりだけでなく、日本酒造りでもLEDを使った発酵方法の確立など独自性を打ち立てており、目が離せません!
第二弾では、製造責任者である西堀哲也さんへの独占インタビュー記事となっていますので、そちらもぜひご覧ください!