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【独占インタビュー】第1弾: 創業130年の老舗蒸留機器メーカー、Forsyths社の現会長リチャード・フォーサイスさんにインタビュー!

2024.06.19 / 最終更新日:2024.07.20

リチャード・フォーサイスさんは、スコッチのみならず世界のウイスキー蒸溜所への貢献により、ウイスキー業界で最も重要な人物の一人として知られています。

Forsyths社(フォーサイス社)は4世代にわたるファミリービジネスとして、その総合的なビジネス戦略により、ポットスチルの製造を通しコッパーワークス(銅鍛冶)を磨き上げ、蒸留機器の大手メーカーとしての比類のない地位を獲得しました。リチャードさんは、1960年代後半に正式に入社して以来、Forsythsの国際的な事業拡大に中心的に寄与されてきました。

私たちは、Forsyths社の3代目社長であり、現会長のリチャード・フォーサイスさんにインタビューさせていただきました。

インタビューの第1弾、リチャードさんはForsyths社の歴史、同社がどのようにして世界的に有名なポットスチルメーカーとしての名声を確立したかについて詳しく語ってくださいました。

併せてお読みください!

Forsyths社について

会社紹介

Dear WHISKY:
Forsyths社はどのようなサービスを提供されていますか?

リチャードさん:
Forsythsは、世界中のウイスキー業界に幅広いサービスを提供しています。

当社の専門技術と知識は、コッパーワークス、ステンレス鋼の製造、パイプ類、電気系統、木製製品、マッシュタン、発酵槽など多岐にわたります。

これらすべての分野を組み合わせることで、Forsythsは業界で比類のない包括的なターンキーサービス(※)を提供しています。

(※)ターンキー

サービスや設備をターンキー(鍵を回す)だけで、すぐに使用できる状態で納品することを指す。

Forsyths社について説明するリチャードさん

Forsyths社の歴史

受け継がれるファミリービジネス

Dear WHISKY:
Forsyths社はご家族の中でどのように受け継がれてきたのですか?

リチャードさん:
私の祖父であるアレクサンダー・フォーサイスはこの会社を買収し、第二次世界大戦後に私の父が会社を引き継ぐまで、経営していました。私は1968年に入社し、1970年代半ばに管理職に異動しました。私の息子も約15年前に入社し、現在はForsythsを経営しています。

Dear WHISKY:
スペイサイド地方のロセス地域とフォーサイス家にはどのような関係があるのでしょうか?

リチャードさん:
私の祖父はここロセスで生まれ育ち、父もそうでしたし、私と息子も同様です。

我々はこの土地とかなりの歴史があります。

写真の中の父親を指差すリチャードさん

ロセスのコッパーワークスの歴史

Dear WHISKY:
ロセスで会社が始まった経緯を教えてください。

リチャードさん:
グレンリベットは1823年に初めて蒸溜所として認可され、1850年半ばごろからコッパースミス(銅を加工する職人、銅細工師)を雇っていました。コッパースミスの中には、禁酒法時代、密造蒸留のサポートを行っていた人もいたでしょうね。

私の祖父は、1890年代初頭にRothes Copper Works(ロセス・コッパー・ワークス)で、見習いのコッパースミスとして働き始めました。

Rothes Copper Worksは元々、ロバート・ベイリーという人物が所有しておりましたが、1870年代にロバート・ウィリソンが買収しました。そのような中、祖父は1890年代初頭に、著名な実業家であるウィリソンの下で見習いとして働き始めました。

Dear WHISKY:
Rothes Copper Worksはどのようなところでしたか?

リチャードさん:
ウィリソンはスコットランド中心部のアロアに主な工場を構えていました。また、当時はボートのすべての配管は銅でできていたため、彼はイングランド北東部のサンダーランドにボート製造業のビジネスも所有していました。そのため、私の祖父もマネージャーとしてロセスに戻る以前は、さまざまな支店で働いていたそうです。ウィリソンは引退の際、それらの支店をマネージャー達に売却しました。

そこで、1933年に私の祖父がロセス支店を買収したのです。

Dear WHISKY:
Rothes Copper Worksの本店はどうなったのでしょうか?

リチャードさん:
私の祖父がロセスの支店を買収した際、R. G. アバクロンビーという人がアロアのメイン事業を買収しました。間もなくして蒸溜所は全て、第二次世界大戦のため閉鎖されましたが、ウイスキー産業は戦後、特に50年代と60年代にブームになりました。このタイミングで、DCL(Distillers Company Limited)とSMD(Scotch Malt Distillers)という2つの大手企業が、R.G. アバクロンビーを買収しました。この2つの企業は、現在はディアジオの下で運営されています。コッパーワークスの歴史はそのようにして発展してきました。

ロセス地方のコッパーワークス

Dear WHISKY:
なぜコッパーワークスがスペイサイド地域でこれほど普及したのでしょうか?

リチャードさん:
有名なモルト蒸溜所のほとんどがスペイサイドに拠点を置いているからでしょう。

半径50マイル圏内に60もの蒸溜所があるのです。

グレンリベット、マッカラン、グレンフィディック、グレンファークラス、すべてここにあります。そして我々は、彼らの工場設備をすべて管理しメンテナンスをしてきました。それほど、この地域はハイランドモルトウイスキー造りの盛んな場所なのです。それがコッパーワークスがここで栄えている主な理由です。

Rothes Copper Worksのメンバーの写真

リチャード・フォーサイスさんについて

14歳から60年間、Forsyths社に所属

Dear WHISKY:
この会社に入社したいと思われたのはいつごろでしょうか?

リチャードさん:
12歳くらいのときから、幼いながらに家業に就きたいと考えていました。なので、14歳になる頃には、夏休みを利用して父の工場で働いていました。 

Dear WHISKY:
その頃は何をされていましたか?

リチャードさん:
手には今でも傷跡が残っていますし、鮮明に覚えています。当時ポットスチルの多くは直火で加熱されていたため、表面をきれいにするためには、銅製のベルトを使う必要がありました。それらを切り分け、編み込むのが私の会社に入って初めての仕事でした。初めての給料袋を今でも覚えています。開けてみると、中身は真鍮のワッシャーだけが詰まっていました。困惑していると、ドッキリであることを告げられました(笑)

Dear WHISKY:
Forsyths社に正式に入社したのはいつですか?

リチャードさん:
私は16歳で学校を卒業し、1968年1月に正式に入社しました。

それ以来私はずっとここで働いており、今年で73歳になりますが、楽しんでいますよ。Forsythsでの仕事が私の人生です。

ファミリービジネスにチャンスを見出す

Dear WHISKY:
ファミリービジネスに参加しようと思ったきっかけを教えてください。

リチャードさん:
学生時代より興味はありました。私が1968年に入社した当時、祖父と父の工場は比較的小規模で、主にメンテナンスを行っておりました。1972年に、大規模な工場に移転した際、蒸溜所の建設などを開始しました。

Dear WHISKY:
経営に関わり始めたのはいつごろですか?

リチャードさん:
父が早期退職を考えていたため、私はかなり早い段階で経営サイドに移りました。また、Forsythsは変化と規模拡大を必要としていました。

そこで、25歳くらいから経営に専念し、事業拡大の監督、研修会の主催、人材の管理などを行いました。

1970年代初頭、会計、人事、広報、さらには安全管理さえも一人の仕事として集約されており、私はすべて経験を通じて学ばなければなりませんでした。 

リチャードさんの経営下時代のForsyths社

Dear WHISKY:
70年代のForsyths社の様子を教えてください。

リチャードさん:
ウイスキー産業は、50年代、60年代、70年代に大きな成長を遂げました。Forsyths社はこの機会を逃さず、新しい蒸溜所の建設や、蒸溜所の拡張のサポートに力を入れ始めました。さらに、蒸溜所拡大のニーズの高まりに合わせ、事業をさらに発展させ、これにより業界内での当社の地位は確固たるものとなりました。

Dear WHISKY:
80年代に入り、「ウイスキー低迷期」に直面して、どのような変化がありましたか?

リチャードさん
Forsyths社のビジネスの99%はウイスキー関係だったので、それは恐ろしい時代でした。

我々の間違いは、卵をすべて1つのカゴに入れてしまったこと(※)です。

ウイスキー業界は勢いのあるとても素晴らしい業界でしたが、1979年にウイスキー業界は、過剰生産に直面しました。彼らは膨大な在庫を抱えてしまったのです。その結果、多くの蒸溜所が生産を一時停止または閉鎖してしまいました。そこで我々は自分たちのビジネスを見つめ直し、何をすべきかを考えなければなりませんでした。

(※)卵をすべて1つのカゴに入れる

Don’t Put All One’s Eggs In One Basket.

直訳:卵を全て1つのカゴにまとめて入れるな!

意味:リソースを固めて一つのプロジェクトなどにまとめず、リスクを分散させよう。

ウイスキー低迷期は蒸溜所と同等にForsyths社にも影響を与えました。

柔軟な事業展開

Dear WHISKY:
Forsyths社はどのようにしてウイスキー低迷期を乗り越えたのでしょうか?

リチャードさん
1980年代、この地域では製紙産業が盛り上がりを見せていました。これらの製紙工場には多量のステンレス製の容器や配管が必要であったため、我々はそれらに特化したエンジニアリング部門を設立しました。そこから1990年代に移り、この地域で石油・ガス業界の人気が高まっていたため、我々はオイル・ガス業界向けの部門も用意し、準じた容器や配管の加工を手がけるようになりました。加えて、我々はオイル・ガス業界にターンキーサービスを提供するため、大手電力会社も買収しました。

Dear WHISKY:
それがどのようにしてウイスキー事業につながったのですか?

リチャードさん20世紀後半から21世紀初頭にかけてウイスキー業界が再び成長し始める頃には、様々な分野の技術を取り入れたことで、Forsythsはターンキー蒸溜所を建設できる会社になっていたのです。

そしてご存知の通り、過去15年間で、スコットランドだけでなく、アイルランド、日本、そして世界中で大きな成長を遂げました。

企業理念とビジネススタイル

Dear WHISKY:
なぜウイスキー低迷期の後も社内にさまざまな業態(オイル・ガスなど)が残っているのでしょうか?

リチャードさん
1979年に我々が学んだ大事な教訓が、「すべての卵を1つのカゴに入れてはいけない」というものでした。社内で、ある程度の多様性を持たせることが我々の基本理念の一つです。

Dear WHISKY:
Forsyths社のそれぞれの業態の割合はどのくらいですか?

リチャードさん
1978年、我々のビジネスの99%はウイスキー業界にありましたが、先ほども話した通り縮小しました。1980年代には、おそらく80%が製紙、20%がコッパーワークスでした。さらに、海外のトレンドに合わせ、オイル・ガスの分野に進出したときは、10~15年間オイル・ガスが70%、蒸留機器が30%といった感じでした。過去10年間は、80%が蒸留機器製造ですね。

ウイスキーだけでなく、世界中の酒類業界の成長は目覚ましいものがあります。

Dear WHISKY:
他にどのような酒類メーカーと仕事をしていますか?

リチャードさん
我々は、カリブ諸島に新たなテキーラ蒸溜所やラム酒蒸溜所を建設するなど、メキシコで多くのビジネスを行ってきました。アメリカのスモールバッチ・クラフトウイスキー業界とも多くの取引がありますね。しかし近年我々にとって、アジアは何よりも巨大な市場といえるでしょう。特に日本は、なぜだかわかりませんが、ウイスキーがとてもお好きなようですね(笑)

ウイスキー産業の国際的成長を語るリチャードさん

Dear WHISKY:
日本の蒸溜所とどのくらい仕事をされたことがありますか?

リチャードさん
我々は過去8年間で、日本に25軒もの新しい蒸溜所を建設し、強固で揺るぎない関係性を築いてきました。1980年代半ばに私が初めて日本を訪れたのは、スコットランドでも多発していた蒸留機器のトラブルに直面している蒸溜所を支援するためでした。

以来、日本の蒸溜所と40年にわたる関係を維持しており、これは当社が提供する信頼と信用の証です。

Forsyths社の国際展開

Dear WHISKY:
Forsyths社はこれまで何カ国で事業を展開されてきましたか?

リチャードさん
少なくとも20~30カ国はあるはずです。最近では、ベトナムで3~4つの蒸溜所建設の注文がありました。雪だるま式に成長している韓国とインドでもさらに建設する予定です。我々はすでにインドに4つの蒸溜所を建設しましたが、もっと増えていくでしょうね。

Dear WHISKY:
Forsyths社はいくつの蒸溜所と仕事をされてきたのですか?

リチャードさん
数え切れないほどですね。確かなのは昨年、155基のポットスチル と200基のコンデンサーを製造したことです。一部はメンテナンスや交換作業でしたが、大部分は新品の設備でした。そこからわかる通り、蒸溜所の数は急増するばかりです。

Dear WHISKY:
蒸溜所の数は今後も増え続けると思われますか?

リチャードさん
どんな業界でも常に成長を続けることはできません。少しずつ成長度合いにも落ち着きが見え始めています。

Dear WHISKY:
なぜ成長が落ち着いてきているのでしょうか?

リチャードさん
一番の原因は樽不足だと思います。噂程度ですが、バーボンの新しい規定により、バーボン蒸溜所が樽を2回使用するようになるかもしれないそうです。これが現実となると、ウイスキー業界内全体の樽のサイクルが深刻な影響を受け、スコッチ業界にも多大な損害を与える可能性があります。

Forsyths社のサービスと考え方

Dear WHISKY:
Forsyths社の製品がこれほど普及し、蒸溜所から信頼されている理由は何だと思われますか?

リチャードさん
我々はサービスを基本とし、ビジネスを築き上げたことで成功しました。我々は4世代にわたってウイスキー業界全体にサービスを提供してきました。Forsythsの全ては、真夜中に電話にでて、ポットスチルやコンデンサーからの液漏れの報告に対し、すぐに誰かを修理に向かわせるか、朝一で手配するようなサービスの上に成り立っています。

Dear WHISKY:
とても献身的なサービスですね。

リチャードさん
私の子供の頃の記憶ですが、クリスマスディナーの最中に突然電話が鳴り、ポットスチルの1つが倒れたと父が報告を受けたことがありました。この蒸溜所ではポットスチルを薄くしすぎたために、極度の寒さによりポットスチル内にかかった真空圧で崩壊したのです。我々は夕食を急いで終え、すぐにボイラースーツを着て、修理に向かわなければなりませんでした。

Dear WHISKY:
顧客への迅速な対応を大事にされる理由を教えてください。

リチャードさん
我々はサービスの評判の上に成り立っています。

我々は決して「ノー」とは言わず、必ず向かいます。

以前、日本の蒸溜所からコンデンサーの漏れについて連絡がありました。原因はわかりません。配送中に起こった可能性もありますが、すぐにチームを派遣して修理させてもらいました。これは、我々のビジネスの基盤である、優れた機器と​​優れたサービスを守るためです。必要とあらば、他の業者が造った機器さえ修理することもあります。

丁寧なサービスにこだわるリチャードさん

最後に

スペイサイドのウイスキーとともに成長してきたForsyths社のコッパーワークスは、過去130年にわたり継承され、発展してきました。

ウイスキー業界でこれほどの大手であるにもかかわらず、Forsyths社の信念と中核は、顧客に対する献身的なサービスと、メーカーとして決してノーと言わない心意気にあります。

彼らの地元への貢献とポットスチル製造へのこだわりについては、第2弾を。製造工程やForsyths社の工場を覗いてみたい方は、現地レポート記事をご覧ください!

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