【特集】ウイスキーの製造工程について~製麦からボトル詰めまでの流れを詳しく解説~
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スコットランドの蒸溜所としては最南端にあるブラッドノック蒸溜所は、ウイスキーづくりにおいて2世紀以上の歴史を誇っています。しかし、1817年の設立以来、幾度となくオーナーが変わり、生産停止や閉鎖を繰り返した結果、ブラッドノックは一貫したスタイルと安定した生産力を真に発揮させる機会に恵まれてきませんでした。2015年、オーストラリアの起業家デイヴィッド・プライヤーがブラッドノックを買収し、大幅な改修を行って以来、ブラッドノックは急速に進化を続けています。
また、進化の過程で蒸溜所としてのスタイルを確立するために、極めて重要な中心人物こそが、マスターディスティラーを務めるニック・サヴェージさんです。
この第2弾では、ブラッドノックのウイスキーがローランドスタイルのウイスキー最高峰のひとつとされる理由を造り手であるニックさん自ら解説していただきました。さらに、世界中に熱狂的なファンを持つ「Waterfall(ウォーターフォール)」シリーズの誕生秘話もご紹介していますので、ぜひ最後までご覧ください。
Dear WHISKY:
ブラッドノックに来られた2019年以降、どのようにウイスキーの品揃えを増やされたのですか?
ニックさん:
当時は、10年、15年、サムサラ、タリアを中心に製造してました。アデラ15年オロロソカスクの製造に必要な樽の在庫を調べ、レシピと照らし合わせたところ、在庫数の問題で通年商品として製造を増やすことができないことに気がつきました。
そこで私は樽倉庫の在庫と各ウイスキーのレシピを見比べ、長期にわたって継続的に製造できるウイスキーのポートフォリオを準備することにしました。
Dear WHISKY:
安定・継続して製造できるウイスキーの重要性を教えてください。
ニックさん:
一度でもブラッドノック11年が店の棚に並んだのであれば、継続的に11年が棚に並び続けるのが理想です。そうでないと、一つのボトルを通して、一貫性のあるストーリーを伝えることができなくなってしまいます。だからこそ、お客さまが「いつもの」を決めて迷わずそのウイスキーに戻ってこられるような、サスティナブルな商品ラインを用意する必要があるのです。そのような考えをベースに、シングルカスクなど、他の分野も開拓していきたいと考えています。
Dear WHISKY:
通常商品の他にどのようなリリースがありまか?
ニックさん:
パロ・コルタド・カスクやアモンティリャード・カスクを使ったシングルカスクは、カスクの可能性を探求するものであり、変化を持たせています。そして、限定リリースの「Waterfall」と「Wave」なんかもありますね。これらの各リリースは1000本ずつのみで、限定品なので希少です。それから、「Dragon」などの物語性に凝ったものもあります。安定したポートフォリオがあるので、皆さんご自身の「いつもの」をお持ちの上、さらにブラッドノックをどう楽しむかを選ぶことができます。
Dear WHISKY:
なぜそのように幅広いウイスキーをつくられているのですか?
ニックさん:
味わい、探究心、ストーリー性を軸に、熟成年数や強い香りといったものが重要視され過ぎるウイスキー界の固定概念を打ち破るためです。私たちのウイスキーは、風味を探求することに重きを置いています。シェリー樽に詰めて50年熟成させて、マスターディスティラーの私が「傑作だ!」と言ったところで、飲んだ人が味を気に入らなければ意味がないと思います。好きでもないボトルに100ポンドも出してもらうつもりはないのです。
それでしたら私は、お客さんが心から楽しむことのできる他のボトルに50ポンド使っていただきたいと思います。
Dear WHISKY:
ブラッドノックのウイスキーは国際的なマーケットでどのようにして売られていますか?
ニックさん:
世界中の国々で、ブラッドノックの全てのボトルが売られているのを見て非効率的だと思った私は、日本、ドイツ、ニューヨーク、フランスなどそれぞれの場所に合わせたボトルのみを売る形に変えました。
Dear WHISKY:
国ごとのウイスキーの選定はどのようにして行うのですか?
ニックさん:
ドイツを例にとってみましょうか。彼らの重いウイスキーの好みを考えれば、この市場にはピート、14年、リオラなどは消費者と相性がいいとわかるでしょう。一方、日本ではハイボールによく合う、ヴィナヤ、11年、もしくは19年に人気が集まるでしょうね。このように、私たちはそれぞれの市場の好みと理想的な価格帯をもとに判断をしています。
Dear WHISKY:
各市場どのくらいずつ選ばれるのでしょうか?
ニックさん:
私たちは幅広い製品ラインアップを持っており、それを私は「弾薬」と呼称しています。どこの市場に行っても、その特定の市場で勝つために必要な限りの弾薬を持っていくのです。もし私たちが一種類の製品しかつくっていないとしたら、戦うのは一気に難しくなるでしょう。だから、私は勝ちぬくために十分な弾薬を製造し与えるというイメージです。
Dear WHISKY:
国際市場展開などのマーケティング面にどのくらい関わられていますか?
ニックさん:
基本的には、販売チームに任せています。ウイスキーたちの造り手としてバイアスがかかった状態で影響を及ぼしたくないので、たまに関わるくらいで少ししか干渉しません。
なのでよく意見などは求められますが、あくまで助言であり指示ではないと念押ししています。
Dear WHISKY:
どのような手助けをする事が多いですか?
ニックさん:
彼らが自信を持って、どこかの市場で売れると思うウイスキーを提示してきたら、「どのウイスキーが、どのくらい必要で、追加も必要か」を確認して終わりです。たとえうまくいかなくても、次をまた考えればいいのです。
Dear WHISKY:
ブラッドノックにきたとき、どのような味を目指したいかイメージはありましたか?
ニックさん:
ブラッドノックの味については、先代マスターディスティラーであるイアン・マクミランが、その味を想像力を持って見事なまでに復活させてくれました。その味わいが私たちのハウススタイルであり、私はその味を保つことに専念しました。
味わいは比較的軽く、私はローランドスタイルのお手本のようだと思います。
Dear WHISKY:
今後どのようにハウススタイルを扱っていかれるおつもりですか?
ニックさん:
ローランドスタイルとその味自体、定義があやふやですので、皆さんにもっと知っていただきたいと思っています。すでに安定した素晴らしいハウススタイルがあるので、それを生かすことで、私たちの目的を理解していただきたいですね。ハウススタイル自体を変えようとは決して思いません。
Dear WHISKY:
どのウイスキーが最もブラッドノックらしいと思われますか?
ニックさん:
ヴィナヤはハウススタイルのフローラルで芝生のような香りと、リンゴを思わせるさっぱりとした甘さを併せ持っています。ヴィナヤをハイボールにすると危険なほど爽やかですよ(笑)
Dear WHISKY:
ウイスキーには厳格なルールがあり、ストレートだけがウイスキーを楽しむ唯一の方法だと思っている人も少なくありません。ニックさんはこのような考えをどう思われますか?
ニックさん:
あまり理解できませんね。自分のウイスキーなんだから、好きなものを加えて好きなように飲めばいいと思いますよ。
ただ、何かを加えるのなら、ウイスキーの味を引き立てるものであるべきですね。
フローラルでフルーティーなウイスキーなら、ハイボールにするとフレーバーが引き立つでしょうし、ピーテッドウイスキーなら、スモーキー・ウイスキー・サワーなんかつくると味が増幅されるでしょうね。
Dear WHISKY:
ではウイスキーの飲み方に、特にルールなどはないのですね。
ニックさん:
誰が言ったのかは思い出せないんですが、過去に誰かが「何を入れてもいいが、コーラだけはやめとけ。」と言っていたのを聞いたことがあります。コーラを足すということは、味をごまかそうとしているということなんですね。ごまかさなければならないのは、明らかに間違ったウイスキーを飲んでいるからなので、違うウイスキーを飲んだ方がいいですね。
Dear WHISKY:
カスク選びの他に、どのような形でウイスキーの探求を行っていますか?
ニックさん:
1年のうち95%はノンピート原酒を製造していますが、残りの5%だけ、4−6週間程度はピーテッド原酒をつくっています。
これらは、イノベーション・ストック(革新のための在庫)として樽詰めされます。
最近はモルトスター(※)とピートを改良できないか話していて、あわよくば、今年のピーテッドはスタイルが違うものに仕上がるかもしれません。
モルティングと呼ばれる、製麦工程を専門的に行う業者。
Dear WHISKY:
なぜこのようなピーテッド原酒を製造されるのですか?
ニックさん:
実験的な在庫を増やしていきたいんです。カスクに関しては多種多様に、95%はファーストフィルのものを保有してるので、それらをベースに、蒸留で変化をつけていきたいと考えています。
Dear WHISKY:
イノベーション・ストックの重要性についておしえてください。
ニックさん:
先ほども話した通り(第1弾)、私の仕事は守護者のようなものです。すべてをバーボンやリフィルカスクにつめて、同じものをつくってしまってもいいのですが、それをしてしまうと、私が代替わりしたときに次の人が探求できる幅を狭くしてしまいます。
Dear WHISKY:
樽の在庫の現状を教えてください。
ニックさん:
全体の40%ほどがバーボン樽で、残りの60%は赤ワイン樽、シェリー樽、ポート樽をはじめとして様々です。いろいろな新しいことへ挑戦できるだけの、宝箱のように豊富な在庫を持ってるんですよ。まだ何にどう使うかは思いついてないんですが(笑)
Dear WHISKY:
どのような変わった樽をお持ちですか?
ニックさん:
一つ4,000ポンド(約80万円)もするミズナラ樽を40樽ほど買いましたね。オーストラリアにいる財務チームが驚いて、「この樽はなんだ?何に使うんだい?」と聞いてきましたが、「まだわからない。」としか答えられませんでした。いつ飲める状態になるかわからないんですよ。実際に樽を使うのは私じゃないかもしれない、20年後の誰かの可能性だってあります。
このようにして樽の在庫というのは受け継がれていきます。これがとても重要なことなんです。
Dear WHISKY:
どのようにしてWaterfallシリーズを思いつかれたのですか?
ニックさん:
こういうアイデアは、私と熟成在庫のスペシャリスト、ベッキー・フラニガンの二人で生み出しています。多くの場合私が構想を練って、ベッキーが無理だとつっぱねることがほとんどです。いつも一枚の紙に落書きするところから始まり、「これをこうしたらどうだろう?こっちのストーリーは?」と構想を練ります。それをホワイトボードに書き写し、フローチャートと図に落とし込むのです。
Dear WHISKY:
シリーズの思いつきから実現まで、どのくらいの期間かかるのでしょうか?
ニックさん:
初めに書き出したものは、大抵おかしな部分があります。意味がわからない状態から、書き直し、やり直し、考え直すのです。次のシリーズであるWaveに関しては、4~5ヶ月間ウイスキーのノージングなどは行わず、、紙とホワイトボード上のみでプラニングしました。準備が終わり、いざノージングを始めると2週間くらいで形になります。
Dear WHISKY:
このシリーズのアイデアはどこから得られたのですか?
ニックさん:
似たような連鎖方式であるスペインのソレラシステムですね。加えて、コレクターズアイテムのように収集していただいくことで、蒸溜所へ帰ってくる理由作りも行いたかったのです。ウイスキーについて語り合える商品を作りたく思い、いろいろな質問に答えられる透明性も持たせてあります。
Dear WHISKY:
どのような反応を期待してますか
ニックさん:
物語を伝えるウイスキーなので、好き嫌いが別れても仕方ありません。この新しいアイデアを実現させる工程を十分に楽しみました。
楽しむのが一番ですね、このウイスキーを手に取った人々も同じように楽しみ幸せになれると信じています。
Dear WHISKY:
なぜこのようなウイスキーを作ろうと思われたのですか?
ニックさん:
当時、在庫にあった全てのウイスキーをノージングした際、14年もののバーボン熟成とオロロソシェリー熟成のまとまった在庫を見つけました。どの樽もすでに何度かリラックされており、特にシェリーは通常の製品に使うには難しい状態にありました。6,000本分の在庫だったと思うのですが、そのような大きな在庫を抱えるとどうやって使うか考えなければなりません。素晴らしいウイスキーだったのですが、違和感なくおさまる商品がなかったのです。
Dear WHISKY:
どのようにしてソレラのようなものを作ろうと思いついたのですか?
ニックさん:
どうしようかと悩んでいたときに、全部まとめてしまって1,000本のボトルを商品化すれば良いと思いついたのです。ベッキーにアイデアを話すと、「残りの5,000本分はどうするんだ?」と聞かれました。そこで説明したんです、「もう一度まとめて、別の樽に移し1年熟成させる。そこからまた1,000本分ボトリングして、残りは次の樽に移す。それをいろいろな樽でやるんだ!」
するとベッキーがどの樽を使うのかと聞いてきたので、「わからないよ、そこが楽しいんじゃないか」と答えました。
Dear WHISKY:
蒸溜所チームの反応はどうでしたか?
ニックさん:
1本100ポンドで販売したとしても、限定本数でコレクターズアイテムのように売り出すことで、人気が出ると確信していました。しかし、私がおかしくなったかのように見てくるチームの顔を今でも覚えています。なので、よりシンプルに説明するため、紙に書きながらもう一度説明したのです。
Dear WHISKY:
何がいちばん疑問視されていたのでしょうか?
ニックさん:
彼らの懸念の多くは樽をどのように選定するかということだったので、とりあえずやってみることにしました。毎年ウイスキーのノージングを行い、どのように成長したかを確認した上で、樽を選んで味わいなどの方向性を決めるのです。
Dear WHISKY:
どのような仕組みになっているのでしょうか?
ニックさん:
まずはバーボンとシェリーからスタートし、それぞれ、第二弾はオロロソシェリー・パンチョン(480Lの大樽)、第三弾はポートパイプ(600~650Lの大樽)、第四弾はトカジ・ワイン樽でフィニッシュされたウイスキーになります。そして最後の第五弾が5月18日に発表された、セカンドフィル・オロロソシェリー・パンチョンフィニッシュです。
Dear WHISKY:
なぜこんなにも人気が出たのだと思われますか?
ニックさん:
「Waterfall」シリーズは元々、私のために始めました。取り組んでいて楽しいですし、好きなんですよ。なので、人気が出はじめた当初は、何がそんなに騒がれてるのか、あまりわかりませんでした。ホワイトボード上でシンプルに遊んでいただけだったので。ですが、そのシンプルさと情報の透明性が人々に受けたのかもしれませんね。皆さんウイスキーを通しての学びを、楽しんでくださっているようですし。
Dear WHISKY:
このウイスキーはどのようにして楽しんでいただきたいですか?
ニックさん:
ボトルの側面に、そのウイスキーの最も顕著なテイスティングノートを三つ載せてあります。先に味わいを紹介して、より深い情報を追記するのが私たちのスタイルです。高価なウイスキーですので、味わいのイメージをはっきりと感じていただきたいのです。
私たちがつくりで試みていることや製造方法をオープンに透明性をもってお伝えすることで、飲み手の方々はそれぞれの味わいがどこから来ているのかを知ることができます。
Dear WHISKY:
はじめに、用途がわからない樽という複雑な問題に直面した際、このようなプロジェクトに落とし込もうと思われた理由は何だったのでしょうか?
ニックさん:
私はいつも、「全て失敗しても、楽しめたからいいか。」と考えていました。このシリーズをつくり上げる中で私たちは、コアレンジのウイスキーについてもいくつか学びを得ました。わざわざ大々的に発表などはしませんが、より多くの製品をより安定して製造できるように、これらの学びを活かしています。さらに、使い物にならないと思っていた在庫を使い、物語を作り上げたのです。いつどこにチャンスがあるかなんてわからないものですよね。抱えている在庫が問題にもチャンスにもなりうるというのは、重要な学びです。
Dear WHISKY:
この蒸溜所の今後の展望をおしえてください。
ニックさん:
いろいろなブラッドノックが見れると思います。「Waterfall」シリーズにも終わりが来たので、より大きく、より良く、より面白くなった次のシリーズが見られますよ。年末、おそらく11月ごろにはグローバル・コア・シリーズを含む、重大な発表などが控えています。これから1~2年かけてそのシリーズをさらに発展させていく予定です。
今までの期間、力を蓄え準備をしてきたことが、来年は勢いをつけていっぺんに動き出すでしょう。
拍車がかかり様々なことがスタートします。そのための弾薬も準備できてます。
Dear WHISKY:
ニックさんの次のステップを教えてください。
ニックさん:
今言ったことを全てやることですね。初めに話した通り、私の仕事はストーリーを考え、デザインし、組み合わせた上で、異なる文化の中でどのように伝え実現するかを模索することです。またその上で、透明性と誠実さを保ったまま運営していきたいと考えています。結局のところ、わたしは人々にウイスキーとそれを飲む時間を楽しんでほしいだけなのです。そして願わくば今年末あたりに、アジア、特に日本を訪れてどのようにブラッドノックが楽しまれているのか見てみたいです。
ニックさんが「200年の歴史を持つ、新設蒸溜所」と呼ぶように、ブラッドノック蒸溜所は類稀なストーリーと伝統を持っています。この蒸溜所の守護者として、ニックさんは伝統的なローランドスタイルなウイスキーを維持する一方で、より幅広い世界のファン層に対応できるよう革新に努めています。
ブラッドノックの個性を尊重する彼の姿勢は、入念な在庫管理を通じてブランドの将来性を守ろうとする努力とこだわりに反映されています。
ニックさん曰く、2024年はブラッドノック蒸溜所にとってエキサイティングな年になるそうです。ブラッドノックとニックさんの遊び心あふれる新シリーズに要注目です!