【特集】ウイスキーの製造工程について~製麦からボトル詰めまでの流れを詳しく解説~
- 造り手
- 特集・企画
「日本で本物のウイスキーをつくりたい」という創業者・竹鶴政孝氏の情熱からはじまったニッカウヰスキーは2024年で創業90周年を迎えます!
今回はニッカウヰスキー最大の総合パッケージング工場である柏工場内にあるブレンダー室にお伺いしました!
インタビュー編第1弾となる今回は、ニッカウヰスキーの味を支え続けるチーフブレンダーの尾崎裕美さんに独占インタビューを行いました!
ニッカウヰスキーの過去・現在・未来に携わる尾崎さんがなぜお酒に興味を持ったのか、ニッカウヰスキーのブレンダーとしての仕事とは何か、日本のウイスキーに対する想いなどをお伺いしました!ぜひお楽しみください!
【独占インタビュー】ニッカウヰスキーのチーフブレンダー尾崎裕美さんにインタビュー!<第2弾>
【独占インタビュー】ウイスキーアンバサダー金子太郎さんにインタビュー!
【現地レポート】ニッカウヰスキーブレンダー室に潜入!
Dear WHISKY:
尾崎さんはニッカウヰスキーに入社する前からお酒について学んでいたのですか?
尾崎さん:
直接的にお酒については学んでいませんでした。もともと理系で生物学なども非常に好きでしたので、大学では工学部の発酵工学科で微生物の研究をしておりました。
発酵工学科といいつつもそこではお酒の醸造などを行っていたわけではなく、当時流行っていたバイオテクノロジーの分野で酵母の研究をしておりました。
Dear WHISKY:
大学時代から酵母について学んでいたのですね!そこからなぜニッカウヰスキーに入社したのですか?
尾崎さん:
酵母について研究していたという経緯もあり、食品業界など微生物を扱う業種を希望していました。
発酵工学科の1つ上の先輩にニッカウヰスキーに入社した方がいて、その方のお話を聞いてニッカウヰスキーに決めました。
Dear WHISKY:
先輩からお話を聞いて入社したのですね!お酒にはもともと興味をお持ちだったのですか?
尾崎さん:
実は今もなのですがそんなにお酒は強くありません。特に学生時代は缶ビール1缶で顔が赤くなっていました。
ただ、私の研究室の先生がバーボン好きで、その影響を受けて自分でもウイスキーを買って毎日飲むようになり、美味しくて気づいたら1週間に1本くらいのペースで飲むこともありました。
当時はバーボンウイスキーやサントリーさんのウイスキー、ニッカのウイスキーなど本当にいろいろなウイスキーを飲んでいました。
研究のあと、遅い時間に家に帰ってから寝酒としてウイスキーを飲むのが楽しみになってました。
Dear WHISKY:
尾崎さんがニッカウヰスキーに入社してからはどのようなことを行っていたのですか?
尾崎さん:
かなり様々なことに取り組んできました。
ニッカウヰスキーに入社して9年ほど生産技術研究所におりました。そこではお酒造りの技術開発を行っていました。そのあとアサヒビールに出向し酒類研究所で発泡酒、RTD(Ready To Drink:主に缶チューハイや缶カクテルや缶ハイボールなどの低アルコール飲料のこと)、焼酎などの開発に8年ほど携わっておりました。
ニッカウヰスキーに戻った後は、ブレンダー室で焼酎のブレンダーと樽貯蔵の研究を行い、その後栃木工場と仙台工場で品質管理、青山のニッカウヰスキー本社原料部で原料の調達などを行っていました。
そして、2019年にブレンダー室に異動して来たという経歴ですね。
Dear WHISKY:
栃木工場での品質管理というのはどのようなことを行っていたのですか?
尾崎さん:
栃木工場は主にグレーンウイスキーの貯蔵と原酒のブレンドを行っている工場になりますので、余市、宮城峡そして栃木工場で貯蔵した原酒をブレンダー室が作る処方に沿って、ブレンドして柏工場に出荷するのですが、出荷の際に求められている品質かどうかをチェックする仕事などを行っていました。
Dear WHISKY:
仙台工場ではどのようなことを行っていたのですか?
尾崎さん:
仙台工場は、原酒の貯蔵だけではなく、発酵・蒸溜といった原酒製造もしています。
そのため、栃木工場で行っていたような出荷前の品質チェックに加えて、発酵管理や蒸溜した原酒の品質確認、瓶詰めされた商品の品質やラベルチェックなど、品質全体のことを管理していました。
Dear WHISKY:
ブレンダーに任命されたときのお気持ちはいかがでしたか?
尾崎さん:
最初は「えっ!」と驚いて、自分に出来るのか不安な部分もありましたね。任命された当時は、焼酎関係のブレンダーの経験があったのですが、ウイスキーのブレンドを行った経験が無かったのでそう感じました。
Dear WHISKY:
ブレンダー室長になるまでの業務の中で、ウイスキーのブレンダーにも繋がる部分はありましたか?
尾崎さん:
会社に入った時から官能評価や工場での品質管理を行っていましたし、焼酎のブレンダーだった頃にも実際にブレンドはしていなかったのですが、ウイスキーの官能評価は常に行っていました。直接的な繋がりというわけではないですけど、焼酎のブレンダーや品質管理の経験もウイスキーのブレンダーの仕事に繋がっていると感じます。
Dear WHISKY:
その後2021年にチーフブレンダーに任命された際にはどのようなお気持ちでしたか?
尾崎さん:
チーフブレンダーは、ウイスキーの品質の最終確認というところで品質面の最終責任者であるとともに、ニッカウヰスキーの顔として表に出て活動をすることが多いです。
そういう意味での、心配の方が多く、私がニッカウヰスキーの顔という大役を出来るのかなとも思ってしまいました。
Dear WHISKY:
チーフブレンダーとブレンダー室長では異なる仕事をなさっているのですか?
尾崎さん:
ブレンダー室長は、ブレンダー室のマネジメントに加えてアサヒビールのマーケティング部やニッカウヰスキーの本社など様々な部署と連携した仕事が多いです。
ニッカウヰスキーでは一般的にブレンダー室長兼チーフブレンダーと兼務していたのですが、私が異動して来た時に当時のブレンダー室長兼チーフブレンダーであった佐久間(元・ニッカウヰスキー株式会社チーフブレンダー:佐久間正さん)がおりましたので、2人でブレンダー室長とチーフブレンダーを役割分担することになりました。
Dear WHISKY:
官能評価などはお互いに携わりつつもそれぞれ異なる仕事もあるのですね。
尾崎さん:
ちなみに2023年の1月から私はブレンダー室長を外れてチーフブレンダーとなり、現在ブレンダー室長には新しくメンバーが入っております!
Dear WHISKY:
日々ブレンダーとしてどのような仕事をしているのですか?
尾崎さん:
1つは商品の品質を安定・一定にする仕事です。原酒は樽の中で日々熟成しているため1年経つと熟成が進みます。
今年のスーパーニッカの処方(配合)を決めたとしても、1年後同じ樽の原酒の品質は変わってしまうため、それに合わせて毎年処方を変える必要があるのです。
そのために、各工場に眠っている原酒の代表的なサンプルを毎年取りに行っています。
Dear WHISKY:
樽ごとに異なる原酒だからこそ、工場ごとにサンプルを取りに行っているのですね!
尾崎さん:
その取りに行った千本以上のサンプルをブレンダー室に持ち帰ってきます。
それをブレンダーみんなで官能評価をして、それぞれ自分なりのコメントや評価結果をまとめたあとに、ブレンダー全員で読み合わせをして共通認識を合わせていきます。
その結果を踏まえて、来年のスーパーニッカやブラックニッカなど各商品の処方を検討しています。このような処方検討を年1回5か月ほどかけて行っています!
Dear WHISKY:
その処方検討を行うと1年間はその処方で保つことが出来るのですか?
尾崎さん:
そういうわけにもいかなくて、商品に使っていた原酒が途中でなくなってしまうこともあります。
そういった際には、年に1回の処方検討だけではなくその年の途中での再度処方検討が必要になることもあります。
こういった品質維持のための仕事を毎年行っています。
Dear WHISKY:
品質維持のための処方検討以外にはどのような仕事を行っているのですか?
尾崎さん:
新商品の開発などですね。例えば定期的に行っているマーケティング部とのミーティングでコンセプトの提案をもらったり、逆にブレンダーからこんな原酒があると提案をしたりして、新商品を開発することもあります。
他には、蒸溜所で蒸溜したばかりの原酒が送られてきますので、それらを官能評価し分析データと共に品質評価します。そして、その評価結果を各工場にフィードバックし、時に原酒をテイスティングしながら工場のメンバーとディスカッションしています。
このようなことを日々繰り返しています。
Dear WHISKY:
ウイスキーに携わる中で難しいことや大変なことは何ですか?
尾崎さん:
常に先を見続けなければいけないということですね。私が焼酎のブレンダー時代に焼酎やウイスキーの樽貯蔵に関する試験をしていました。例えば、こんな樽に詰めたら原酒がどうなるかや、 樽の内側を焼くときの焼き方を変えてみるなど様々なことをしてきたのですが、熟成しないと結果がわかないため、試験の中で色々な思考錯誤をした結果が数年後までわからず、非常に時間がかかるという大変さがあります。
Dear WHISKY:
常に先を見据えるからこそ大変な仕事なのですね。ちなみに尾崎さんが携わっていた試験の結果はでたのでしょうか?
尾崎さん:
当時行っていた樽貯蔵試験は10年ほど前になるので評価などの結果もすでに出ています。
わが子とまでは言いませんが、自分がこれをやってみたら面白いのではないかという発想で始めた試験だからこそ、愛着はありますし結果も気になりましたね。
Dear WHISKY:
そういった試験などで試す新しい発想や着想はどのように思い浮かぶのですか?
尾崎さん:
経験からだと思います。色々な他社の製品を飲んだり、いろんな過去の記録を参照したり、他の会社がどんなことやっているのかというものも確認しながら、私たちではまだ手をつけてないなと思うことを試してみることもあります。また、過去の先輩が残したものの中で、もう1回やってみたら面白いんじゃないかとか、視点を変えてやってみるなどが多いですね。やはりそういった着想は、経験の中から浮かび上がってきます。
Dear WHISKY:
官能評価などを行う際にブレンダー各々が「自分の言葉」で表すとのことですが、尾崎さんの感覚でいうニッカウヰスキーとはどのようなものですか?
尾崎さん:
様々な原酒がありますので、ニッカウヰスキーの味や香りを一言で表すのは難しいです。
ただ私たちがウイスキー造りに「愚直で誠実に向き合ってきた」ことが味わいや香りにも表現されていると感じます。
Dear WHISKY:
そんなウイスキーを造るブレンダーの技・心はどのように養われているのですか?
尾崎さん:
ブレンダーにマニュアルはありません。これを勉強すればいいとかこの知識があれば良いとかはないですね。ウイスキーのブレンドは、原酒の比率を1%変えるだけで味や香りが変わってしまいます。
結局のところ、毎日テイスティングを繰り返していくうちに徐々に技術として培われていくものだと思います。
Dear WHISKY:
日々の積み重ねや経験がブレンダーとしてより良くなるために必要不可欠なのですね。
尾崎さん:
そうですね、ただもちろん味や香りだけではありません。現実的なところで言えば、原酒がいまどれほど貯蔵庫にあるのかや原酒の価値など頭で考えながらやらなくてはいけません。
Dear WHISKY:
ブレンドを行うときに技術的な面で心掛けていることは何ですか?
尾崎さん:
やってみないとどうなるかわからないところもありますので、心掛けていることは試行錯誤を納得いくまで繰り返すことですね。まずは頭の中でイメージして組み立てていきますが、1回で思い描いていたものになることはほとんどありません。コンセプトに合うのかどうかなどを常に確認しながら調整し続けることが大切です。
本当に何度も何度もトライ&エラーを繰り返しています。
Dear WHISKY:
日々試行錯誤していく中で、ブレンダーとして楽しいことや逆に大変なことは何がありますか?
尾崎さん:
楽しいなと感じるのは、苦労して完成した商品が世に出て皆様のお手元に渡る時ですね。あの瞬間の喜びに勝るものはないです。逆に大変なことでいえば、常にですね。思い描いていたものが造れなかったり、維持したいと思うものが出来なかったりする時が大変ですね。ここ最近でいえば、原酒不足によって商品の出荷を抑えているので皆様に非常に迷惑をかけてしまっていると強く感じています。
お客様に飲んでいただきたいのに出せないという辛さも大変なことの1つです。
Dear WHISKY:
ブレンダーとして味を整える際にはどのように行うのですか?
尾崎さん:
ブレンダーとして味を整えるときには、口に含む前に香りを徹底的に確認します。ウイスキーはアルコール度数が高いので、先に口の中にたくさん含んでしまうと舌が麻痺してしまうので、まずは香りをチェックします。その際にも、まずはストレートの香りを、そして加水した香りをというように様々な状態の香りを確認します。
その後、口に含んで香りと味の最終確認をしていますね。
Dear WHISKY:
1つを整える際にも多くの段階があるのですね!一方で、尾崎さんが個人でお酒を嗜むときにはどのように楽しんでいますか?
尾崎さん:
ブレンダーとしてのことは考えずなによりリラックスして楽しみます!
自分でお酒を味わい楽しむときには、食事中や食後だったり、何かをつまみながら飲むこともあります。もちろん香りや味も楽しみますが、最初から水で割ったりチョコレートと一緒に飲んだりしますよ!
Dear WHISKY:
ニッカウヰスキーの味を支える支柱であるブレンダーに求めるものはありますか?
尾崎さん:
コツコツと仕事が出来る人であることですね。能力といったところでは、香りの感じ方にも得意不得意があります。ただ経験を積んでいくと徐々に香りや味を記憶として蓄積していって、ある程度の能力を得る事はできます。
しかし、やはり経験を得るためにも諦めずにコツコツと出来る人が向いているかなと感じます。
Dear WHISKY:
尾崎さん自身にも苦手な香りはあったのですか?
尾崎さん:
もちろんこの特定の香りが難しいなと感じることはあります。すごく専門的なのですが、ダイアセチルという成分があります。最初の頃はこの香りが正直良くわからなかったです。ただアサヒビールに出向したときに、ビールでこのダイアセチルを覚えてから何度も何度も経験することで、焼酎やウイスキーでもダイアセチルがわかるようになりました。
Dear WHISKY:
不得意な香りだったとしても、経験を積むことでわかるようになってくるのですね!
尾崎さん:
もともと不得意なものだとしても、何度も感じて経験して覚えていけばわかるようになっていくと思います。
誠実に様々なお酒と向き合うことで培っていけると自分も感じています。
シングルモルト宮城峡 ピーテッド
Dear WHISKY:
これまでのブレンダーとして携わってきた商品で1番印象のあるものは何ですか?
尾崎さん:
基本的に全て携わっていますが、やはり自分が開発から全て携わったところでいうと2021年に数量限定で発売した「NIKKA DISCOVERYシリーズ シングルモルト宮城峡 ピーテッド」です。宮城峡らしさを備えつつしっかりピートを主張するかつてない「シングルモルト宮城峡」をつくりあげようと思っていました。
Dear WHISKY:
そのような商品を作る中で難しいことは何でしたか?
尾崎さん:
ピートは本当に難しいものでしたね。
宮城峡ピーテッドを開発する際に一番考えたのは、ピートの程度をどれぐらいにするかという点です。
フルーティで華やかな宮城峡らしさは絶対に残したいものの、ピートも主張させたいというところで、ヘビーピートタイプのモルト原酒を使用したのですが、最もバランスの良い配合を決めるために何度も試行錯誤を繰り返しました。ちなみに、ピートの原酒をテイスティングしているとピートの香りで徐々に鼻が麻痺してしまったことも大変でした。
Dear WHISKY:
尾崎さんにとってピートとは何ですか?
尾崎さん:
難しいですね。様々な顔があるのがピートだと思います。どのようにブレンドするかで味も香りも全く異なるものになります。
ブレンドして行っている時に、ピートが前面に出なくても少し使うことによって、商品全体のバランスを整えたりアクセントになることが出来ます。
そういう意味で、ピート原酒もウイスキーにとって非常に大切なものだなと強く感じました。
2022年に発売した「NIKKA DISCOVERYシリーズ シングルモルト宮城峡アロマティックイースト」にもヘビーピート原酒を少しだけ入れています。
Dear WHISKY:
ニッカウヰスキーを担うチーフブレンダーとしての役割とは何ですか?
尾崎さん:
ニッカウヰスキー全ての味の責任を持つのがチーフブレンダーなので責任重大な仕事ですね。
過去の素晴らしい品質を変わらずに保ち、そして繋ぐための品質管理など、胸を張って堂々と「これがニッカウヰスキーの味です」と言えるように妥協は一切しないことがチーフブレンダーとしての役割です。
以上、ニッカウヰスキーチーフブレンダー尾崎さんへのインタビュー編第1弾でした!
学生時代の経験からニッカウヰスキーに入社し、チーフブレンダーというニッカウヰスキーの味の最終責任者になるまで、そしてブレンダーにかける想いまで様々なことをお伺いさせていただきました。
次回はインタビュー編第2弾として、尾崎さんに日本のウイスキーへの想い、ニッカウヰスキーのこれから、そして番外編として知られざるプライベートまでお伺いしました!
ぜひインタビュー編第2弾もお楽しみください!